知的障害を持つ人たちの地域生活は、条件付きなのだろうか?

8月のある日、パンジーの当事者4人と職員1人の5人で、スーパーに買い物に行った時の出来事です。店に入ろうとしてすれ違った買い物客が、突然「唾をかけられた」とAさんに怒り始めました。Aさんは、息をフーフーと吹く行動はありますが、唾を吐く行動はありません。職員は他の当事者の支援をしていて、Aさんの行動には気づきませんでした。相手の怒りはおさまらず、すぐにPCR検査を受けるよう要求し、警察も呼ぶ事態になりました。Aさんは、驚いたのか落ち着きなく動いていたそうです。
数日後、パンジーのポストに匿名で消印のない手紙が入っていました。そこには障害を持つ人の店舗利用禁止だけでなく、障害者の社会参加にも否定的な意見が書かれていました。しかも、この手紙はパンジーだけでなく、東大阪市にも送られていたのです。
早速、この件について東大阪市と当該スーパーとパンジーで話し合いの場を持ちました。パンジーとしては、コロナ禍だからこそ、Aさんが息を吹くような誤解を受けやすい行動をとらなくてもいいように、職員が気を付けるべきだったと反省しました。当該スーパーとは、お互い協力をしながら、障害を持つ人たちなどが安心して利用できる環境を作ることで合意しました。東大阪市には、事業者や市民にこれまで以上の啓発活動を要望しました。
この件については、ひとまず落ち着きました。しかし、私は、知的障害を持つ人たちと地域の人たちの間にある壁の高さを改めて痛感し、思い悩むようになったのです。
知的障害を持つ人たちが地域で暮らすということは、「知的障害者が地域の人に迷惑をかけないように家族や介護者が前もって防ぐ」という条件付きで認められるものではありません。誰もが安心して暮らすことができる社会にするためには、地域の人たちも知的障害を持つ人たちのことをもっと知って、気軽に声をかけられるようになる必要があります。
この件をきっかけに、パンジーから、息苦しさを感じるこの社会を改めて変えていきたいと考え始めました。そのプロセスそのものに価値があり、知的障害を持つ人たちが生きやすくなるのだと思います。

(パンジーだより No.87より)